仏壇と瞑想タイム

子供の頃体験したお葬式の印象はろうそくを立て、お線香をつけて祭壇向かってなにやらむにゃむにゃとお経を唱えるものでした。

一日中静かにしていなくてはいけなくて、たいくつでした。

今は、おりんの音が妙に清々しく響く、おごそかな印象をもっています。。

一昔前は、大体どこの家でも親族や近所のひとがあるまり、葬式が高齢の方であればあるほど、人が多かった気がします。

現代はどうでしょう?勿論、宗派、宗教によって違いはあるものの、やはりそういう葬式を見る事は少なくなったような気がします。

けれども、また昨今にあった「スピリチュアルブーム」によって、神社参拝等がにわかに女性の間でもはやり始めたことから

葬式をおごそかに行い、仏壇を家に置くブームにいつ火がついてもおかしくない気もします。

昔の日本家屋には大抵仏間が設けられていました。

仏間はあるていど広くとっており、そこを通夜や葬式の時に使用します。

今の住宅様式だとなかなか仏間を設けている家は見られないでしょう。

そんな住宅事情に合わせて葬式のかたちもさまざまに変化してきたようです。

いろいろな葬式に参加していくと、きっと自分の想像以上のデザインや形式の違いに驚かれるでしょう。

そして、身内の葬式を重ね合わせた時、違和感がないことに気づかれるかもしれません。

時代に合わせて、今までオーソドックスだった葬式というのも変化しているのです。

これは宗教的な話を取り払っての話で、つまり、住宅事情の話です。

住宅様式によって葬具もきまれば、住んでいる場所によっても、交通事情ですら考慮しなければならなくなるかもしれません。

ところで瞑想は基本、心を無にします。 心を無にする機会、一日の中で何回ありますか?今の世の中、夜も光に溢れ、音もやむこともなく、テレビのスイッチをいれれば、どんな時間でも様々な映像をみることができます。

テレビの放送が終わったらオンデマンドの配信サービスを使ったり、DVDを見れば、いつでも劇場は目の前にあるようなにぎやかさを得る事ができます。 逆に静寂はどうでしょう。 心身ともに空っぽになってみて、静かに自分自身を見つける機会はあるでしょうか。 きっと就寝するまでそういう時間とは無縁に過ごしている方も多いはずです。

もし仏壇を家に置く機会があったら、せっかくですから、仏壇を前にお参りというか、「ありがとう」の気持ちで頭を下げ、しばしの間、瞑想してみてください。 きっと自分自身が思いのほか疲れていて、静寂の時間を求めていたことに気がつかれるでしょう。

そんなチャンスを与えてくれる一つのきっかけが仏壇かもしれません。

仏壇を前にしてリラックスし、瞑想してみるというのも、なかなかいきなことなのではないでしょうか。

また、最近体験した葬式では、葬儀社が葬式の流れや、意味、簡単な説明をしていました。

子供のころの体験はそこまで鮮明には覚えていませんが、とても丁寧だなと感じました。